おもちゃ

【昭和生まれ必見】昭和に流行った懐かしいおもちゃ達。ウルトラQや鉄人28号などなど。

今は「令和」となり、「昭和」はおろか、「平成」の時代さえ遥か遠い過去のものとなりつつあります。
そこで今回は、50~60代の方の子供の頃に流行った懐かしい昭和のおもちゃを紹介させて頂きます。

ブリキのおもちゃ

「ブリキ」とは、鋼板を純スズで表面処理した表面処理鋼板の事で、これで作られたおもちゃが発売されました。
ブリキのおもちゃのルーツは、ドイツで1800年代半ばに作られた事だと言われています。

そして、明治初期には日本にも輸入され、やがて国内でもオリジナルの製品が作られる様になります。

第二次世界大戦時は金属製のおもちゃを作る事が禁止されるも、終戦後は生産が再開され1950~60年代には最盛期を迎えます。

『鉄腕アトム』(1963~1966年)や『鉄人28号』(1963~1966年)等のテレビアニメが放送され、これらのキャラクターをもとにした、足にバッテリーが付き歩行するものや、コードで繋がれたリモコンで操作する事で動くもの等が発売され、人気を博しました。

ソフビ人形

ソフトビニール人形(通称:ソフビ人形)とは、1950年代頃から発火危険性のあるセルロイドに替わるものとしてポリ塩化ビニルを用いて製造されたものです。

1960年代後半になると、特撮テレビ作品『ウルトラQ』(1966年)や『ウルトラマン』(1966~1967年)による第一次怪獣ブームに相まって、マルサン商店からウルトラ怪獣のソフビ人形が発売され、大ヒット商品となりました(人形の体形は、殆どがキューピーちゃんに似た体形でした)。

以降も、中嶋製作所からテレビ漫画『タイガーマスク』(1969~1971年)


タカラ(現:タカラ・トミー)から『あしたのジョー』(1970~1971年)

のソフビ人形が発売され、子供達の定番玩具として人気を集めて行きました。

野球盤

「野球盤」とは、野球をモチーフとしたボードゲームで、
野球のグラウンドに似たボードの上に球の様なパチンコ玉を転がし競い合います。
戦前から同様のものが存在した様ですが、1958年にエポック社から発売されたものがよく知られています。

1971年には、テレビアニメ『巨人の星』(1968~1971年)の人気に合わせて、「消える魔球」(ボードの一部分が下がり穴が開き)を再現できるものも発売されました。

(因みに1970年代初めは「ボウリングブーム」だった事もあり、エポック社から「パーフェクト・ボウリングカスタム」が、タカラから「フリフリ・ボウリング」といった家族で遊べるミニボウリングゲームが発売されていました)。

その後も野球盤は次々と登場し、1988年に完成の東京ドームをモチーフとした「ビッグエッグ野球盤」

「ドラえもん生誕100年前記念」(2012年)として「ドラえもん野球盤」

が発売される等、「野球盤」は時代や流行と共に歩んで来ています。

リカちゃん人形

ビニール玩具のメーカーだったタカラ(当時「タカラビニール 」名義)が、ビニール加工の技術を生かし着せ替え人形市場への参入を計画し、1967年に企画・開発されたものがリカちゃん人形です。

発売の翌1968年 には「初代いづみちゃん」と「わたるくん」が加わり、「リカちゃんトリオ」が結成

更に1969年にはいづみちゃんの妹「くるみちゃん」とわたるくんの弟「ごろちゃん」、そして「リカちゃんのママ」が登場しました。

メンバーが増えた事もあり、人気は急上昇し、発売から2年後の1969年にはその売り上げでアメリカのマテル社のバービー人形を上回りました。

以降も「リカちゃん」は日本の着せ替え人形の女王として君臨し続け、現在では人形玩具の域を超えて、企業の広告キャラクターといったタレントとしても活動し、公式ツイッターやインスタグラムも開設しています。

G.I.ジョー

「G.I.ジョー」は、1960年代に文具事業を展開していたアメリカのハズブロ社が玩具事業に路線変更し、発売した男子向けの兵士姿の人形です。

この「G.I.ジョー」は、後にイギリスや日本等の海外へ輸出されました。日本では1966年に三栄貿易株式会社により輸入された後、1969年に新たに取得権を獲得したタカラが引き継いで販売を行われました。

この時期は海外ドラマ『コンバット!』(1962~1967年)が放送されていた事もあり、武器を持たせリアルなポーズが取れる人形は、多くの少年達を魅了しました。

この「G.I.ジョー」は、漫画『こち亀』(1976~2016年)でもよく取り上げられ、1990年代後半に同作の主人公・両津勘吉の顔でフィギュアがリメイクされました。

変身サイボーグ

タカラが、全身の関節が自由に動くG.I.ジョーに対し、様々な衣装を着せて「手軽に変身」をさせるものとして生み出したクリアカラーのアクションフィギュアが「変身サイボーグ」であり、1972年から発売されました。

こちらは手や足を別売りパーツと付け替えるといった事ができたり、ウルトラマンや仮面ライダー等、当時人気ヒーローの衣装(ナイロン製)も販売されていて、これらを着せる事が可能だったのも魅力だったのではないでしょうか。

タカラが発売する同タイプのアクションフィギュアは、後に1974年から発売でサイズも小型となった「ミクロマン」シリーズや、
特撮テレビドラマ『電脳警察サイバーコップ』(1988~1989年)のフィギュア(腕にソードや銃等、様々な種類の武器を装着)へと受け継がれて行きました。

ゲイラカイト

「ゲイラカイト」とは、1970年代初め頃から人気を集め始めた三角形の洋凧で、黄色の目玉が描かれたデザインが当時としては斬新でした。
また、ビニール&プラスチック製の軽量なボディーが驚く程に飛び、多くの人を魅了しました。

更にこの頃は「アポロ11号・月面着陸(1969年)」で盛り上がっていた時期でもあり、「NASAの元技術者が開発した!」というキャッチフレーズもインパクトを与え、「ゲイラカイト」は日本中でブームとなりました。

最盛期ほどの人気はありませんが、現在も大きな目玉が特徴的な「ゲイラカイト(またはスカイスパイ)」は現在も販売されています。

仮面ライダースナック

特撮テレビドラマ『仮面ライダー』(1971~1973年)の放送が始まっていた1971年後期は、当時の子供達の間で「変身ブーム」を迎えていました。
そんななか同年末に発売されたのが、「カルビー 仮面ライダースナック」です。

初めは東京地区のみでしたが、翌1972年2月下旬から広島地区と名古屋地区へと、
3月下旬には全国区へと販売地域を広げ、商品名も「カルビースナック 仮面ライダー」と改名されました。

この菓子には、1袋に1枚ずつ「仮面ライダーカード」が付いていて、カード表面には仮面ライダーや怪人、作品の場面等が描かれています。

更にそのカードの中には、「ラッキーカード」と言われるものがあり、それと引き換えに「仮面ライダーアルバム」が貰えたとの事です。
その事も含めて、子供達は必死にライダーカードを集め、社会現象にまで発展した様です。

なかには、「カードだけ抜き取りスナックを捨てる」という子供達まで現れ、販売元のカルビー側としてはあまり喜べない報告まであったそうです。
これは後の1980年代にブームを起こしたロッテの「ビックリマンチョコ」と同じ様な状態ではないでしょうか。

1973年に『仮面ライダー』の放送が終了し、『仮面ライダーV3』(1973~1974年)が放送スタートしてからは、「カルビースナック 仮面ライダーV3」が発売されました。

ただ、こちらの方は売り上げは今一つだったようで、『仮面ライダーV3』放送期間中にも関わらず販売終了となり、

途中から「プロ野球スナック(プロ野球選手のカードが付属している)」等へ路線変更したとの事です。

いかがでしたでしょうか?
懐かしいものや、「あ、何となく覚えている!」というものまで楽しめたでしょうか?